お猿の学校      須藤 透留

 

「ああ、おなかが痛い。頭も痛いし気持ちも悪い。これじゃあ今日も学校へ行けないよ。」布団をかぶっていてもお父さんとお母さんの口論している声が聞こえて来る。お母さんが「今日は別の大きな病院に連れて行きます。」と言ったのも聞こえた。いやだなあ病院は。又血を取られるぐらいなら、この家を抜け出してどこかへ行ってしまう方がましだよ。どうやら今日はお父さんは出張らしい。もう出かけて行くようだ。良かった。今日はお父さんのゴッツンをくらわなくてもいいみたい。その代わりお母さんはいつも以上にイライラしている。僕が力いっぱいにぎりしめた掛け布団の外で、

「今日は又病院に行きますからね。」

とお母さんが大声で言った。

 家の中が静かになった。布団にもぐったまま、しばらくの間聞き耳を立てていた。すると今度は誰か友達の声が聞こえてきた。

「チェッ。今度は友達か。どうしても学校に行かせたいんだな。あーあ。又おなかがシクシクと痛くなってきた。嫌だ嫌だ嫌だ。誰か助けてくれないかなあ!。」

 声は枕元でしだした。

「この子はもう2週間も学校をいるんだってさ。」

「もう2週間もたったのか。だけどまだ父親も母親も、この子の苦しみが解っていないんだな。」

「うん。両親共この子が怠けていると思っているよ。だからこの子を学校に送り出すのが自分達の務めだと考えているみたい。」

「どうして休みだしたんだい。」

「先生が厳格すぎるんだよ。宿題は多いし、していかないと居残りをさせられるし。何かあるとすぐに規則規則と言って生徒を叱るんだ。だからこの子は毎日緊張の連続で神経をすり減らしたのさ。」

「母親が病院に連れて行くと言ってたね。」「今まで3ケ所の病院に連れて行ってるし、カウンセリングにもむりやり連れて行っている。この子はこれ以上病院などには行けないだろう。」

「うん。すっかり疲れきっているみたいだね。もう限界みたいだからぼつぼつ我々の出番のようだね。」

「ああ、僕たちの学校へ連れていこう。」

 僕の友達にしては随分変なことを言うな。」誰だろうと思って、僕はそっと布団から顔を出してみた。二匹の猿が僕の枕元に立っていたんだ。きのう僕が準備しておいたランドセルを1匹の猿が背負っていたし、他の1匹が僕の手下げ袋を持っていた。

「僕、おなかが痛くて今日も学校には行けないんだ。」

と言ったら、猿達はにっこりと笑って、

「君は学校へ行きたいんだろう。なのに君の学校へは行けないとしたら、僕達の学校に行こうよ。僕達猿の学校は自由でとても楽しい所なんだ。」

と言うから、病院に行くよりはましだろうと思って、僕は猿達と一緒に家を出ていった。 初め僕は誰か知っている人に会わないか心配だった。しかし猿達は僕を僕の学校とは全然別の方向へ連れて行ったし、すれ違う人は皆猿の姿をしていたから、すぐに僕の気持ちが楽になって、スキップしながら猿達について行ったんだ。

 道端に野イチゴが真っ赤な実をたくさんつけていた。猿が

「野イチゴを摘んで行こうよ。」

と言うと、他の猿も

「そうしよう、そうしよう。学校に持って行ってみんなにもわけてやろうよ。」

と言った。僕が

「道草をしちゃあいけないよ。先生に叱られちゃうからね。それに学校にも遅れてしまうじゃあないか。」

と言っても猿達は野イチゴ摘みを始めたんだ。僕はしばらくの間猿達の野イチゴ摘みを見ていたけれど、とても楽しそうだったので、僕も一緒に野イチゴを摘み始めたよ。食べてみると甘酸っぱくてとてもおいしかったし、両手にいっぱい野イチゴを摘めたから、それを持って僕達は学校へ行ったんだ。

 授業はすでに始まっていたけれど、僕達の野イチゴを見てクラス野猿達がワッと集まってきた。野イチゴをみんなに分けてあげたら、先生まで喜んで食べてしまった。だから僕はもうクラスの有名人になってしまった。生徒はめいめい自分の好きな科目を勉強していたよ。僕は算数が好きだったから計算練習をしていると、先生がやってきて

「君は算数が良くできるから、ほかの生徒にも教えてやってくれないかい。」

と言われてしまった。こんなこと言われたのは生まれて初めてだ。隣の席の女子の猿に

「すごい、すごい。算数がとても良くできるのね。」

と言われたので、僕は少々赤くなってしまった。

 休み時間も楽しかったし、給食の時間も楽しかったけれど、午後の授業が終わると僕は困ってしまった。みんな自分達の家へ帰っていったけれど、僕は僕の家には帰りたくなかったんだ。すると例の2匹の猿がやってきて、彼らの家に泊まりにおいでと言って暮れたから、僕は以後彼らの家族の一員として暮らすことになった。

 僕がいなくなったので、僕の家では大騒ぎとなってしまった。学校の先生やおまわりさんまで僕のことを捜したんだそうだ。お母さんは僕の写真の前で毎日泣いていた。

「早く帰っておいで。学校がいやだったら行かなくてもいいから。でもそんなに学校がいやならいやとなぜ教えてくれなかったの。」と母は言った。でも、あれだけ僕が学校へ行きたくないと言ったのに、聞き耳を持たなかったのお父さんとお母さんの方じゃあないか。それに、僕がいなくなったという自分達の不幸を悲しんでばかりいて、今だに理解していない。これじゃあ僕は自分家にはとても帰る気にはなれないよ。でも本当はね、一日も早く僕のお父さんお母さんの所に帰りたいんだよ。

 

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