湖の魔物

 昔、ある国の山奥に、大きな湖がありました。その湖には、恐い魔物が住んでいるとの噂がありましたから、人々はその湖に近づくことはありませんでした。その湖から川が一本流れだしていました。その川は国の中央を流れて、豊かな実りを人々に与えていました。人々は幸せに暮らしていました。

 ある夏のことでした。その年は春先から、雨がまったく降りませんでした。川の水はかれて、畑は乾き、田圃も干上がりました。人々は大変に困りました。雨ごいもしました。祈祷もしてみました。しかし、梅雨になっても、いっこうに雨は降りませんでした。

 その国に、原太と言う若者が住んでいました。原太は勇敢な若者でした。原太は心の優しい若者でした。原太は人々の困っていることがよくわかりましたから、山奥の湖の水をもっと川に流せないかと考えました。そこでそん山奥の湖に一人で出かけました。

 森を抜け、山奥に踏み込んで、湖の水辺にでてみると、湖はまだ豊かに水をたたえていました。とても平和で、魔物がいることなんてとても想像できませんでした。この湖の水を川に流してしまえば、川の水が増えて、人々が助かるはずです。原太は湖の水が川に流れるように、工事を始めました。

 工事を始めてしばらくすると、突然湖の水もが波だって、大きな魔物が現われました。人間の何倍もあるような、恐い顔をした魔物が、原太の方へ近づいて来ました。それでも原太はわき目も振らないで、川底を掘る工事を続けていました。魔物は大声で怒鳴りました。

「おい、こら!何をしているのだ。」

しかし原太はその声を無視して、川底を掘り続けていました。湖の水が少しづつ原太の足元を濡らして、川の下流に向かって流れだしていました。魔物は続けて怒鳴りました。

「おい、おまえ。そんなことをしたら、湖の水がなくなるではないか。やめろ。おうい!聞こえんのか。やめないと殺すぞ!」

それでも原太は手を休めませんでした。

 魔物が原太に近づいて、原太にかみつこうとした時、原太は振り返って言いました。

「さあ、これで大丈夫だ。これで川に水が流れて、人々が救われる。俺を食べたければ、食べればいいさ。俺の目的はもうたっせいされたから。」

魔物は自分を見て動じないこの原太にびっくりしました。それと同時に、原太の言ったことが気になりました。

「川には水が流れているのが当り前だろう。変な奴だ。それで人々が救われるて、どういう意味だ。」

「今年は雨が降らなくて、干ばつなのさ。川の水が干上がったから、この湖の水をもっと流そうとしたわけだ。」

原太は魔物を見据えて言いました。魔物は目を丸くして言いました。

「何だって、雨が降らなかったて?そりゃ、失敗した。そういやあ、俺はこの冬から眠りっぱなしだった。雨を降らすのをすっかり忘れていた。ひとっぱしり行って、雨を降らしてこよう。お前はそこで待ってろ。」

魔物は空高く登ると、どこかへ行ってしまいました。残された原太は、

「ここにとどまっていては魔物に殺されるだけだ。今の内に帰ってしまおう。」

と独り言を行って、村から来た道を帰り始めました。

 森を抜けて村に近づくにしたがって、空が曇ってきました。やがて雨が降り出しました。村についてみると雨が激しく降っていましたが、村人たちは皆うれしそうにその雨に当たっていました。原太はそのまま家に帰って、疲れた体を休めました。雨はその日一日で上がりました。村人たちは十分に水分を含んだ畑や田圃を耕して、忙しそうに働きました。原太も畑に出て、一生懸命働きました。

 原太には、湖の魔物のことが気になっていました。気になってはいましたが、この雨で自分の家の畑の仕事がたくさんできました。野良で働くことで精いっぱいで、魔物のことを考えている暇はありませんでした。そしてその内に、原太は魔物のことをすっかり忘れてしまいました。特に魔物が原太をおそって来るわけでもなく、雨も適当に降りました。村人たちはみんな幸せに暮らしました。

 

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