消え身の術

            須藤 透留

 

 学校から帰ると、僕は友達の家に遊びに行こうと思いました。門を出るとすぐに、隣のお兄ちゃんが、僕を呼び止めました。仲良しのお兄ちゃんが、窓から身をのりだして、手招きをしていました。

「おおい、研ちゃん、ちょっと来いよ。」

「これから、友達んちにゆくんだけど。」

「おもしろいもの、見せてやるからさ、ちょっと来い。おもしろいぞう。」

僕はお兄ちゃんの言うままに、お兄ちゃんの家の玄関から、お兄ちゃんの部屋に入りました。お兄ちゃんは机の上の絵本をじっと見つめていました。それは忍術の絵本でした。

「ほら、消え身の術の仕方が書いてあるだろう。これをすると、俺の体が見えなくなるんだ。よく見とけ。」

とお兄ちゃんは言って、両腕を自分の前でぐるっと回すと、その後胸の前でばつの形に組みました。

「消え身の術。」

とお兄ちゃんは言いました。しかし何も起こりませんでした。僕は腕を組んだままのお兄ちゃんを、しばらく見つめていました。

「兄ちゃん、どうしたの。何も起こらないよ。きちんと見えるよ。」

「えっ、俺がみえるか?」

「うん、普通だよ。」

「そうか。見えるか。じゃあ、もう一度、やってみる。」

お兄ちゃんはまじめな顔をして、もう一度両腕を自分の前でぐるっと回して、胸の前で組んで、

「消え身の術」

と言いました。しかし、今度も何も起こりませんでした。

「おかしいなあ、本に書いて有る通りにしているのになあ。」

お兄ちゃんは首を左右に振りながら、絵本をのぞき込んで言いました。僕も一緒にのぞきこみました。そこには白い着物を着た人が描かれていました。

「よし、今度は変身の術をやってみよう。」

お兄ちゃんはページをめくって言いました。

「よく見てろよ。」

お兄ちゃんは左手を腰に当てて、右手をぐるりと回して、ぐいと引きました。

「変身の術。」

しかし何も起こりませんでした。僕がお兄ちゃんを見ていると、お兄ちゃんが

「熊にみえるか?」

とまじめな顔をして、僕に聞きました。

「普通の、兄ちゃんだよ。」

「変だなあ、これもだめか。よし、もう一度、よく読んでからだ。今日はこれでおしまい。」

と言ったので、僕はお兄ちゃんの部屋を出て、、友達の家に遊びに行きました。

 その夜、僕はベッドに入る前に、お兄ちゃんの真似をして、消え身の術をしてみたくなりました。お兄ちゃんの真似をして、

「消え身の術。」

と言いました。するとどうでしょう。僕の体が見えなくなってしまいました。僕はびっくりしました。とても信じられませんでした。そこで部屋から出て、居間へ行ってみました。居間ではお父さんが新聞を読んでいました。僕がそっと居間へ入って行くと、お父さんはちらりと僕のほうを見て、

「研、早く寝なさい。」

と言いました。僕はあわてて

「はーい、おやすみなさい。」

と言って、急いで自分の部屋に帰りました。部屋に帰ってみると、僕の体はすっかり見えていました。

「あれ、すぐに消え身の術は切れてしまうんだなあ。」

僕は思いました。

 そこで、今度は変身の術をしてみることにしました。鶴になろうと思いながら、

「変身の術。」

と、お兄ちゃんの真似をして言いました。

するとどうでしょう。今度は間違いなく真っ白で首の長い鶴になっていました。そこで今度は台所に行ってみました。そこにはお母さんが、茶碗を洗っていました。

「あら、研ちゃん、まだ起きているの。遅いから、もう寝なさい。」

「はーい、おやすみなさい。」

再び僕は急いで僕の部屋に戻りました。

 部屋に帰ってみると、もう僕はいつもの僕に戻っていました。

「あなんだ、忍術って、すぐ切れちゃんだなあ。でも、お兄ちゃんと違って、僕は忍術が使えたんだ。これは秘密にしておこうっと。」

と思って、ベットに潜り込みました。

 

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