羽子板と羽根
物置の棚にある、ほこりをいっぱいに被った箱の中で、二枚の羽子板と二この羽根が暮らしていました。羽子板も羽根も去年の正月が終わってから、ずうっとその箱の中に閉じこめられていました。狭い箱の中ですから、身動きすらできないばかりでなく、退屈で、退屈で、死ぬほど辛い思いをしていました。羽子板も羽根も箱から出してもらえる時を、首を長くして待っていました。
大晦日が近づいたある日、小さい羽子板が言いました。
「もうすぐお正月だね。僕たちの出番もすぐだね。この箱からも出してもらえるね。」
大きい羽子板が言いました。
「そうだよ早く出してもらわなくちゃあ、窒息しそうだよ。何しろ僕の上には君と羽根さんとが乗っているんだからね。僕が一番辛いんだから。」
すると二この羽根が口を揃えて言いました。「大きな羽子板さん、ごめんなさいね。悪いとは思っているのですが、どうにもならなくって。おかげで楽をさせてもらってます。」 お正月が来ました。羽子板と羽根は耳をそばだてて、物置の外の様子を伺っていました。足音が近づいてくると全神経を集中して、足音が物置の前で止まるようにと、祈るような気持ちで待っていました。そして足音が通過してしまったときには「ふう」とがっかりしたため息を漏らしました。羽子板と羽根はこの家のお嬢さん達が自分達を使って、羽根つきをしてくれるのを、今か今かと待っていました。
このようにして、今か今かと待つだけで元旦は暮れてしましました。羽子板と羽根はがっかりしていましたが、大きな羽子板が
「お正月はあすとあさってとまだ続くから、そんなにがっかりすることはないさ。」
と言いました。そこで小さな羽子板や羽根は
「そうだね。あすもあるからね。あすはきっと羽根つきをしてもらえるよね。」
と互いに言って、慰めあいました。
翌日になって、羽子板と羽根達は今か今かと、お嬢さん達がやってくるのを待ちました。
「今日は風がないから、羽根つきにはもってこいの日なんだけれど、お嬢さん達はどうしたんでしょう。」
赤い羽根が言いました。
「今日は寒いから、お嬢さん達は外で遊ばないんじゃあないかなあ。」
小さな羽子板が心配そうに言いました。
「羽根つきをすると、温かくなるのにねえ。」と黄色い羽根が言いました。
お昼を過ぎて、物置の外で軽ろやかな、スキップをするような足音が近づいてきました。
「来たわよ、来たわよ。きっとおじょうさんたちだわよ。」
羽子板や羽根は息を止めるようにして、物置の外に全神経を集中していました。足音は物置の前で止まって、物置の戸ががらがらと開きました。女の子が二人、物置に入ってきました。
「るみちゃん、あった、あったわよ。ラケット、やっぱりここだったわ。羽根もあったわよ。」
女の子が言いました。
「ああよかった、やっぱりここだったのね。それじゃあ、おねえちゃん、表に行ってしましょうよ。」
別の女の子が言って、二人は戸を閉めると、小走りに立ち去って行ってしまいました。
羽子板も羽根もあぜんとしていました。狐につままれた思いでした。
「ど、どうして?どうして僕たちで遊んでくれないんだ?」
大きな羽子板が怒鳴り、じだんだをふみました。
「羽根、羽根、って言ってたけど、どうして私を連れて行かなかったのかしら?羽根って、お嬢さん達は、いったいなんの羽根を捜してたのかしら?」
赤い羽根は当惑して言いました。
「ラケットって言ってたから、バトミントンのことじゃあないかなあ。」
小さな羽子板が言いました。
「バトミントンって、それ、一体なあに?」
黄色な羽根が不思議そうに聞き返しました。
「バトミントンか。くっそう。外国の羽根つきさ。お嬢さん達には、僕達日本の羽根つきよりも、外国の羽根つきの方がいいなんて、悔しいよなあ。」
大きな羽子板が憤懣やるかたなしといった顔つきで怒鳴りました。
羽根達は泣きべそをかいていました。
「この後きっと遊んでくれるよ。」
小さな羽子板が慰めました。しかしその日はその後、誰も物置にはやって来ませんでした。 羽子板も羽根も、泣きたい思いをじっと我慢て、その夜が開けるのを待ちました。その夜長さは、今まで待ち続けた一年間よりも長く、長く感じられました。そしてやっと物置の外が明るくなってきたとき、北風がびゅーびゅーと吹き出してきまた。木枯しでした。
「この天気じゃあ、今日は羽根つきはだめだあ。こんな風じゃあ、羽根つきなんかできないよ。」
大きな羽子板が言いました。羽子板も羽根もがっかりして、沈み込んで、黙り込んでしまいました。当てのないまま待ち続けるしかありませんでした。
夕方になって、ゆっくりとした足音が物置に近づいてきました。しかし羽子板も羽根もその足音には注意を払いませんでした。どうせ何か他の用事で、誰かが物置に来たのに違いないと思ったからでした。足音は物置の前で止まると、がらがらっと物置の戸が開きました。がたがたっと物置の中を歩く音がしたかと思うと、羽子板達の入っていた箱が持ち上げられました。箱の中では羽子板や羽根がびっくりして、大騒動になりました。
「どうしたんだ?誰が来たんだ?」
羽子板も羽根も口々に言いました。
箱の蓋が開けられて、中をのぞき込んだ人がいました。この家の奥さんでした。
「あら、ほこりだらけだわ。」
奥さんは箱を物置の外に持ち出して、箱や羽子板にはたきをかけてくれました。羽子板がきれいになると、奥さんは二枚の羽子板を両手に持って、しばらくあいだ、なつかしそうにそれを見つめていました。その後、大きな羽子板を地面に置いて、赤い羽根をとって、こーん、こーん、こーんと上へ向かって、一人で羽根つきをしてくれました。赤い羽根は強い風にあおられて、すぐに奥さんは空振りをしてしまいました。奥さんは声をたてないで笑いました。次に奥さんは大きな羽子板を右手に持って、黄色い羽根をついてくれました。黄色い羽根も強い風にあおられて、奥さんはすぐに空振りをしてしまいました。
「こんなに風が強いと、やっぱりだめねえ。」奥さんは独り言を言うと、羽子板と羽根とを箱の中に戻して、物置の中のもとあったところに、箱を戻しました。
奥さんが立ち去ると、箱の中では羽子板や羽根が口々に言いました。
「やっぱし奥さんは僕たちの良さがわかるんだ。」
「そうよ、そうよ。奥さんはいい人ねえ。私たちの本当の良さがわかるのだわ。」
「これで僕たちもすっきりした。」
「すっきりしたわ。久しぶりに体がほぐれて気持ちがいいわ。」
「箱の外に出たのは一年ぶりだからね。」
「これで来年の正月まで、みんなでここで待てられるわね。」
「そうだね、みんなで仲良く来年の正月を待つとするか。」
羽子板も羽根も、羽根つきの夢を見ながら、来年の正月まで眠ることに決めました。