童話の館   須藤透留

 

 浩君の住んでいる町には、童話の館という建物がありました。それはいろいろな木がたくさん生えた敷地の中にある、小さな極普通の家でした。その家の門と入口に「童話の館」と書いた看板がありました。しかしその童話の館には、誰か人が居る気配もありませんでしたし、訪れる人も誰もいませんでした。童話の館はいつもひっそりとしていて、入口の扉はいつも閉まっていていました。その入口の扉には「招待者のみ、会館時間は真夜中の12時から3時まで」と書かれていました。これではこの童話の館の中に入ってみようと思う人は誰もいませんよね。ところが浩君は一度童話の館の中を覗いてみたいと思っていました。浩君は童話の本を読んだり、聞いたりするのが大好きだったからです。でも、浩君も真夜中のこんな時間に、この童話の館に行ってみようと思いませんでした。

 ある夜中のことでした。浩君ははっと目が覚めました。誰かが浩君を呼んだのでした。浩君が布団の上に起きあがってみると、枕元に大きな動物がいました。その大きくて金色に輝く目が、浩君を見つめていました。それは大人よりも大きなふくろうでした。

「僕に何のよう?」

「浩君は童話の館に案内するためにまいりました。」

ふくろうは優しく言いました。

「童話の館の御主人様が、浩君を御招待したいとの事です。」

「え?僕を童話の館へ連れて行ってくれるの?」

「さようでございます。さあ、私の背中に乗って下さい。」

浩君は言われるままにふくろうの背中につかまりました。ふくろうはその大きな羽を羽ばたかせて飛び上がると、閉まったままの窓を通って、童話の館へ飛んで行きました。

 童話の館につくと、広いきれいな部屋へ案内されました。そこには魔法使いのおばあさんが古い椅子に腰掛けていました。

「やあ、浩君。よく来てくれました。最近はお客さんも少なくて、私も寂しかったんですよ。でも、よく来てくれました。さあ、ジュースでも飲みながら、お話をしようかね。今日はこの話にしようかね。力持ちのはなしだよ。」

魔法使いのおばあさんは浩君においしそうなオレンジジュースをすすめると、優しそうに目を細めて、話し始めました。

 

(1)山を持ち上げた男の話し

 昔々、ある村に源太という男が住んでいました。源太は無口で、動作も鈍くて、村人から馬鹿にされていました。それでも、源太はとてもまじめな男でしたから、朝早くから夜遅くまで野良に出て、一人で黙々と働いていました。

 ある秋のことでした。その年は穀物や果物がたくさん取れて、村は豊作の喜びであふれていました。人々は秋祭りを盛大におこなって、神様に感謝の気持ちをあらわしていました。その様なときに、盗賊団がこの村を襲ったのでした。盗賊団は次から次へと村人に刀を突きつけて、その秋の収穫物を奪って行きました。

 その様子を見ていた源太は大変腹を立てました。そして、盗賊団が源太の家にやってきて、源太に刀をつきつけて

「やい、有るだけの米を皆出せ。出さなければ命はないぞ。」

と脅したとき、源太の怒りは最高に達しました。そこで源太は後ろを振り向くなり、裏山をぐいと持ち上げて、真っ赤な顔をして、源太の頭の上に持ち上げて、盗賊団をにらみつけました。

 これを見た盗賊団はびっくりしました。なにしろ、山を持ち上げるだけでも人並なことではありません。おまけに、この山を自分達めがけて投げつけられたら、全員下敷になって死んでしまいます。盗賊団は

「ひゃー、ばけもの!」

と大声をあげて、おおあわてで、持ち物をその場に放り投げて、我先にと村の外へと逃げだしました。

 それを見た源太は、持ち上げていた山を元有った場所に、どーんと戻しました。その時の音は、まるで雷が同時に千個落ちたかと思えるような、とても大きな音でしたから、盗賊団はますます恐れをなして、逃げだしてしまいました。

 村人達は、何がどうしたのか全く理解できませんでした。あの恐ろしい盗賊団が突然村から逃げだしたかと思うと、あの大きな音ですから。しかし、誰も源太が山を持ち上げて盗賊団を追い払ったことには気づきませんでした。村人達は奪われた物を取り替えすと、いままで通り平和に暮らしました。源太もいままで通り、黙々と畑を耕して暮らしました。それ以後、盗賊団は二度とこの村を襲うことはしませんでした。

 

「おわり。どうだね。面白かったかね。」

魔法使いのおばあさんは浩君に尋ねました。

「うん、とてもおもしろかったよ。もっとお話をきかせてください。」

「ああいいとも。だけど今夜はこれだけにしましょう。明日の学校の勉強に差し障るといけないから。明日もお話を聞きに来てくれるかね。」

「はい、絶対にきます。明日もお話を聞かせて下さい。」

「それじゃあ、明日の夜もふくろうを迎えに行かせるからね。おやすみ。」

と言って、魔法使いのおばあさんは消えてしまいました。側にいた大きなふくろうは、浩君を背中に乗せると、浩君を家へ連れて帰りました。

 次の夜、浩君はまたふくろうの背中に乗って童話の館に行きました。そこで魔法使いのおばあさんからお話を聞きました。

 

(2)空を飛んだ飛魚

 広い海原の上を飛びながら、飛魚はふと考えました。

「僕は海の上をこのように飛んでいるが、鴎のように空を飛ぶことはできない。それはどうしてなんだろう。僕だって僕の左右の翼を羽ばたかせれば、きっと鴎のように空を飛べるのではないだろうか?」

 そこで飛魚は、何度も何度も自分の翼を羽ばたかせる練習をしました。そしてついに飛魚は空を飛べるようになりました。空を飛べるようになった飛魚は嬉しくてたまりませんでした。きらきら光るお日様に向かって言いました。

「お日様、見てください。ついに僕は魚から鳥になりました。こんなに高く飛ぶことができるようになりました。」

白い雲に向かって言いました。

「雲さん、見てください。僕は鳥になりました。その気になれば、雲さんの所まで飛び上がることができますよ。」

船の上を飛び越えながら言いました。

「船さん、はじめまして。僕は魚では有りません。鳥です。びっくりしたでしょう。」

 飛魚が空を飛んでいると鴎に出会いました。「やあ、鴎さん。お久しぶりですね。長く会わない内に僕は鳥になってしまいました。」と、飛魚は言いました。すると鴎は鼻を摘んで、こ馬鹿にして言いました。

「くせえ、お前、本当に鳥なんかい。魚みてえな臭いがするでねえか。ひどくえげつねえ鳥じゃあねえけ。おめえ、本当に鳥なんけ。」

それを聞いて、飛魚は腹をたてて言いました。「魚が空を飛ぶとでも言うのかい。僕はれっきとした鳥だよ。」

「ちげえねえ。だけどおめえ、本当に魚みてえな鳥でねえかよ。どうみてもできそこねえでよ。は、は、は・・・。」

と言って、鴎はどこかへ飛んで行ってしまいました。

 飛魚は鴎に馬鹿にされたので、悔しくてたまりませんでした。しかしそれ以上に、飛魚には辛いことが起きました。それは飛魚が長い時間空で鴎と話していたので、息苦しくなってしまったからでした。いくら飛魚が空を飛べるようになったからと言っても、呼吸は水の中でしかできなかったからでした。。飛魚は急いで海の中へ降りて行くと、水の中で深く深呼吸して思うのでした。

「ああ、苦しかった。空を飛んでる間は息ができないんだもの。いくら僕が空を飛べたとしても、やっぱり魚なんだなあ。鳥には成れないんだなあ。もう少しで鳥になれるのになあ。でもね、空を飛べる魚なんて他にいないよね。それが僕の良さなんだよね。鳥になれなくてもいいんだよね。鳥になったら、僕みたいに水の中をこんなに上手に泳げないからね。」

 その後の飛魚は、空はただ飛ぶだけにして、海の中で他の魚達と遊んで、楽しく過ごしました。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(3)老夫婦と盗人

 昔々、とある山奥の一軒家に、人の良いおじいさんとおばあさんが住んでいました。この二人には子供がなかったので、二人だけで小さな畑を耕して、ひっそりと暮らしていました。

 ある夏の夜のことでした。二人が夕食を終えて、ぼつぼつ寝ようかな、としていた時のことでした。入口の戸をとん、とん、とん、と叩くものがいました。

「どなたかな。」

とおじいさんが尋ねると

「旅の者でございます。今晩一晩泊めてもらえませんでしょうか?」

戸の外の男が答えました。

「しばらくお待ち下さいませ。」

と言って、おばさんが戸口に行って、かんぬきをはずして戸を開けると、ぬっと男が入ってきました。その男の髪はぼさぼさで、髭も伸び放題でした。ぎらりと光る目だけは、この男はただ者ではないことを示していました。その目はすぐに部屋の中をぐるりと見回すと、苦笑いの目に変わりました。おじいさん、おばあさんはちゃんとそれに気づいていましたが、そのことには気づかないふりをしました。おじいさんが言いました。

「たいそうお疲れの様子。まずはお座り下さい。夕食はまだでいらしゃいましょう。今すぐに、用意させましょう。」

「それは、ありがとうございます。今日一日歩きどうしで、大変おなかが空いています。恐れ入ります。」

と男は言って夕食をごちそうになりました。夕食と言っても、この貧しいおじいさんとおばあさんが作る食事ですから、それはそれは粗末なものでしたが、男は美味しい、美味しいと言って、食べ終わりました。男が夕食を食べ終わると、三人は疲れていたので、すぐにぐっすりと眠りました。

 翌朝、男はおじいさん、おばあさんと一緒に起きて、言いました。

「一晩泊めて頂、有難うございました。ご覧の通り、私は貧しい旅の者です。お礼に何もさしあげるものは有りません。その代わりに、何か手伝いをさせてくれませんか?」

「いえいえ。その必要は有りません。大したことをしたわけではないのですから。」

と、二人は断わりましたが、その男は畑の手伝いや薪割をして、昼前に旅だって行きました。

 それから何日かたった頃、通りすがりの人から、村のあちらこちらの家に泥棒が入り、いろいろな物が盗まれたと言う話を、おじいさんと、おばあさんは聞きました。二人は互いに、

「あの男の人は、極普通の貧しい旅人だったので、決して泥棒できるような人ではなかったよね。」

と言いあいました。しかし心の中ではあの男がきっと村で泥棒を働いたのだろと思っていました。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(4)十階の小鳥

 私は歌の好きな小鳥、ぴーこです。ケージの中でも、お姉さんの手のひらや肩に止まっても、いつもきれいな声を張り上げて、私の好きな歌を歌っていました。私は生まれた時からお姉さんと一緒でした。お姉さんが家に居る時には、お姉さんは私をケージから出してくれましたから、私は部屋の中を飛び回れました。でもお姉さんがお出掛けの時は、いつもケージの中でお姉さんの帰りを待っていました。ですから、私の知っている世界はお姉さんの部屋の中だけだったのです。

 ある梅雨の時期の日曜日の事でした。その日はたまたまよく晴れあがたので、お姉さんは沢山貯った洗濯物をベランダに干していました。いつもでしたらお姉さんは私をケージに入れてこの仕事をしたのでしょうが、今日は洗濯物が沢山有ったためでしょう。お姉さんは私がケージから出ていることを忘れてベランダに出ていってしまいました。

 私は特にベランダに出たかった訳ではなかったのです。お姉さんがそこにいたから、追いかけてベランダに出てみました。ベランダからみる空は青くて高くて、白い雲が流れていました。明るい日の光で目舞がしそうでした。見たことのない世界が広がっていたために、私は洗濯紐に止まって当りをきょろきょろと眺めていました。お姉さんは私が逃げだしたと思ったのでしょう。私を大声で呼ぶと洗濯物を強く引っ張ったため、洗濯紐が激しく搖れました。私はびっくりして飛び立ちました。飛び立ってふと下を見ると、足元がありませんでした。そういえばお姉さんはマンションの十階に住んでいたので、私がベランダから飛び出すと、地面が遥か下の方になってしまったのでした。

 私はこんなに高い所を飛んだ事は有りませんでした。私は面くらってよたよたとしていました。するとそこへ雀がやってきて、

「おめえ、それでも小鳥かよ。」

と言って、笑って飛んで行きました。私は悔しかったのですが、何も言えませんでした。お姉さんがベランダで私の事を呼んでいる声が聞こえましたが、今まで飛んだ事のない大空はとても魅力的でした。

 すると今度は真っ黒な、大きな鳥が私めがけて飛んで来ました。烏でした。私は身の危険を感じました。

「お姉ちゃんたすけて!」

私は大慌てでお姉さんの所に飛んで帰ると、部屋の中に飛び込みました。すると烏は諦めてどこかへ飛んで行ってしまいました。

 私の後を追ってすぐにお姉さんが部屋に戻ってきました。私を手の平に乗せ、私の頭を人差指で軽くぽんっと叩くと

「だめよ、外に飛んで行っちゃあ。」

と、恐い顔をして叱りました。私は

「はい、はい。もう恐い外へは行きません。」と、答えましたが、本当はもう一度外へ行って見たことのない世界を見たいのでした。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(5)お地蔵さんと熊の話

 昔々、修行のために旅をしているお地蔵さんがいました。お地蔵さんは旅先でいろいろな経験をして、自分を磨いていました。ある日、お地蔵さが山中を旅している時に、道を間違えて、ますます山奥に迷い込んでしまいました。

「これも修行の一つだ。このまま歩いて行こう。」

と言って、草をかき分けて歩いていますと、突然大きな熊に出くわしました。

 この熊はお腹を空かして、食べ物を捜していたところでした。熊は「う、う」と唸りなから、ゆっくりとお地蔵さんに近ずいて行きました。お地蔵さんは喫驚も、恐がりもしないで、熊を無視して歩いて行きましたから、お地蔵さんと熊とは向かい合う形になりました。

 「うおお。お前を食べちゃうぞ。」

熊はどなりました。お地蔵さんは澄ました顔で、言いました。

「ああ、食べたかったら、どうぞ食べて下さい。後で後悔をしないようにね。」

そこで熊は

「生意気言うな!うおお。」

と言って、すごい勢いで飛びかかり、お地蔵さんの腕にかみつきました。

「いて、て、て、て。」

と言って、もんどりを打って転んだのは熊の方でした。口から血を流していました。石の腕を力一杯かんだので、歯が何本か折れてしまったのでした。

 熊は恐れをなして逃げだしました。お地蔵さんはその熊に向かって言いました。

「熊さんや。ちょっと待ちなさい。このまま逃げて行ってら、血がたくさん出て、死んでしまうよ。私が治して上げるから、こちらに帰ってきなさい。」

 熊はお地蔵さんの言葉に逆らえませんでした。口からは血がどんどん流れ出して、それだけでも気が遠くなりそうでした。お地蔵さんの声がとても優しかったので、熊はお地蔵さんの側に戻ってきました。

「口を開けなさい。」

という言葉で、熊が大きく口を開けると、お地蔵さんは折れた歯を捜して、口の中の元有った場所に、その歯を一本ずつ当てがっては、お経を唱えました。すると歯は元有ったように、きちんと熊の口の中に生えて、元通りになりました。

 熊は頭を下げてしょんぼりしていました。お地蔵さんは

「あっは、は、は。これで良かった、よかった。」

と言って、熊の頭を優しくなぜると、また草を分けて、歩いて行きました。熊はお地蔵さんの後ろ姿に後光がさしているのを見ました。熊は思わず、その後ろ姿に手を合わせたのでした。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(6)安人くんの眼鏡

 安人君の家は七人家族です。おじいさんにおばあさん、お父さんにお母さん、お姉さんにお兄さん、みんな眼鏡を掛けています。安人君だけ眼鏡を掛けていませんでした。安人君は自分だけ眼鏡を掛けていないことを、とても不思議なことと考えていました。以前、お父さんが、

「わが家は、みんな目が悪くて、眼鏡を掛ける家系だよ。」

と言ったことがありました。その時以来安人君は、自分はお父さんお母さんの子供ではないのではないかと疑い始めました。その様に疑いだすと、安人君はとても不安になりました。安人君は「ひょっとすると僕は貰われ子ではないか?」と疑い始めたりもしました。

 ある日、安人君は思い切ってお母さんに

「僕、本当にお父さん、お母さんの子供?」

と聞いてみました。

「そうよ。お母さんのお腹から生まれたのよ。だけど、どうしてそんなこと聞くの?」

と不思議そうな顔をして聞き返しました。

「ううん、いいの、いいの。ただちょっと聞いてみたかっただけ。」

と安人君は言葉を濁してその場を逃げだしました。

 安人君は五年生になりました。五月になると身体検査が有りました。視力検査の時、安人君は視力表のずっと下の方まで読めたのですが、わざと上の方で読めなくなった振りをしました。その結果、右も左も極めて視力が落ちたことになり、学校からお母さんの元へ、「至急お医者さんにかかるように」との連絡が来てしました。

 安人君は事が大きくなってしまったので喫驚しました。でも今更「あのときは読めない振りをしただけ」とは言えませんでしたから、仕方なくお母さんについて、お医者さんに行きました。お医者さんでも視力検査を受けましたが、やはり読めない振りをしました。その結果、お医者さんは「至急眼鏡を作ったほうがよいですよ。」とお母さんに説明して、眼鏡屋さんを紹介してくれました。お母さんは勧められるままに、安人君に眼鏡を作ったのでした。

 安人君は作って貰った眼鏡を掛けてみました。眼鏡を掛けると何処となく大人になった様な気がしました。それと同時に、お姉さんやお兄さんと同じになったとも思いました。特にお父さんが

「安人の目もやっぱり遺伝だなあ。ついに眼鏡を掛けるようになったか。」

と言ったときには、「やっぱり僕もお父さん、お母さんの子供だったんだ。」と、ほっと胸をなで下ろしました。

 この様にして、安人君は眼鏡を掛け始めたのですが、安人君は普段は眼鏡を掛けていませんでした。眼鏡を掛けるとかえって物がよく見えなかったからでした。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(7)くしゃみと殿様

 昔々、ある国に、大きなくしゃみを絶え間なくする殿様がいました。殿様は自分のくしゃみをたいへん気にしていましたから、家来がくしゃみの話をしたり、お殿様の近くでくしゃみをしたりすると、たいへん怒りました。その家来を捕まえて、牢屋に入れてしまいました。そのため、家来達はお殿様の前では、くしゃみをしないように、たいへん神経を使っていました。

 もちろんお殿様も、自分のくしゃみを治そうとして、必死でした。国中の医者を呼び寄せて、治療をしてもらいました。遠く中国の妙薬も取り寄せて飲んでみました。いろいろな占いや祈祷もしてもらいました。しかしお殿様のくしゃみは、はくしょん、はくしょんと、いつものように出てしまい、一向に治る気配が有りませんでした。それどころか、あまりにくしゃみを気にしすぎたために、殿様はかえって病気になって、寝込んでし舞いました。

 殿様は食事が全く喉を通りませんでした。やせ細って、今にも死にそうなぐらいの状態で、くしょん、くしょんと、くしゃみをしていました。

 ある日、殿様はうとうととして、冷汗をかきながら、恐い夢を見ていました。薄ぐらい中を殿様が逃げていました。その後ろから、赤鬼や黒鬼が「殿様を捕まえて地獄へ連れて行くぞ」と言いながら追いかけていました。殿様は相変わらずくしゃみをしながら、一生懸命逃げていました。今にも捕まりそうになったとき、目の前がパット明るくなって、お釈迦様がくしょん、くしょんとくしゃみをしながら現われました。すると鬼達はお釈迦様のくしゃみに飛ばされて、どこかへ飛んで行ってしまいました。お釈迦様はくしゃみをしながらも、にこやかに笑って、

「余りにひどいくしゃみが聞こえたので、誰かとおもいましたよ。貴方も私と同じ様に、ひどいくしゃみをしますね。」

と言われて、消えて行かれました。殿様は思いました。

「お釈迦様でもあれほどくしゃみをなさっておられるから、自分がくしゃみをしても少しもおかしくはないはずだ。」

 目がさめた殿様は、家来達に殿様の前で「遠慮なく、くしゃみをするように」と命じました。殿様自身も、くしゃみをするとすぐに夢の中で会ったお釈迦様の事を思いだしましたから、だんだんくしゃみの事を気に掛けなくなりました。するとお城のあちらこちらでくしゃみが聞かれるようになり、お城の中が平和になり、殿様も元気を取り戻し、くしゃみもしなくなったとのことでした。 

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(8)篭の鳥

 私は篭の中の九官鳥。物心ついた時から篭の中だけで暮らしています。私の面倒を見てくれているのはお母さんとおばあさん。二人は私を二人の子供のように可愛がってくれています。私の大好きなひまわりの種や、野菜、水など、いつでも食べれるようにしておいてくてます。篭もいつも綺麗に掃除をしてくれてます。朝起きたら「おはよう」と声をかけてるれます。夜寝るときも「おやすみ」と言ってくれます。昼間も、「かんちゃん」とか、「良い天気ですね」とか、話しかけてくれます。私も二人の真似をして、しゃべる事が出来るようになりました。とても優しい二人ですが、どういう訳だか今まで一度たりとも、この篭から外に出してくれたことはありませんでした。

 或春の晴れた日に、お母さんは窓の外の軒に私の篭を掛けてくれました。暖かい日の光はとても気持ちが良くて、私は狭い篭の中を行ったり来たりして遊びました。舌も軽くなって、鳴き声を上げたり、お母さんの声の真似もしました。お日様が「楽しそうね。おしゃべりも上手だ事。」と言って、見守ってくれていました。春風がすこし篭を揺らして、「外は気持ちが良いでしょう。綺麗な私をいっぱいすってくださいな。」と言いました。庭の草木がその枝を振って、「篭から出られたら、私の所に遊びに来てね。」と口々に言いました。

 雀が遊びにきてくれました。私の落とした食べ物を食べた後、「あんた、いいわね。好きなだけ、ご飯を食べれてさあ。」とだけ言って、飛んで行ってしまいました。

 何か不吉な感じがしたので良く見ると、猫が私をにらみつけていました。とても恐い目でした。私は慌てて「助けて、助けて!」と言って篭の中を飛び回りました。篭が激しく搖れました。今にも釘からはずれて、篭が落ちそうでした。猫はにやっと笑って、鋭い視線で私を追いかけていました。この騒動に気付いて、お母さんが家の中から出てきました。猫はお母さんを見ると大急ぎで何処かへ駆けて行きました。お母さんは私の篭を家の中に入れてしまいました。

 短い時間でしたが、家の外でいろいろなものを見たり聞いたりしました。それは私に取って驚きでした。今までの平和な生活。単調で退屈な生活。「このままで良いのだろうか?」私は疑いました。「家の外には何があるのだろう。私の知らないことばかりだと思う。きっと恐ろしいこともいっぱい有るかも知れない。でも、いろいろなこと、たくさん経験してみても良いと思う。」

 私は家の外に行きたくなりました。家の外の世界に憧れました。しかし、私の周囲には、頑丈な針金の囲いが厳然として有りました。私には今まで通り、お母さんとおばあさんを相手にした生活が続くだけでした。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(9)”ちっくん”は嫌だ。

 こうやって、お母さんと一緒に自動車でのお出かけは大好きなんだけど、今日の僕はどうしても落ちつかないんだ。それは、これから病院に行って、ちっくんを受けなければならないらしいからなんだ。病院って、甘い薬を貰える時は行くのも嬉しいけれど、ちっくんだけは絶対に嫌だよね。だってとっても痛いんだもの。

 今日連れてこられた病院は、いつも行く所とは違っていた。建物の外見はあまり病院らしくなかったので、僕は気楽にお母さんに手を引かれて中へ入って行った。

 お母さんが手続きをしている間、僕は本棚から絵本を取り出して見ていた。幼稚園にあるような絵本だったので、僕はこの本を夢中になって読んでいた。するとお母さんが僕の背中をぽんと叩いて、「さあ、行きますから、本をもどしていらっしゃい。」と言った。本を本棚に戻して、診察室の入口に立った時、僕の胸は激しくドキドキしだした。体がこわばってきた。逃げだしたかった。しかし、お母さんは僕の気持ちを無視して、僕の背中をぐいぐい押して、診察室の中へ入って行った。そこには白い上着を着たお医者さんが、机に向かって何か仕切りと書き物をしていた。僕が「ちっくん、嫌だ。帰る。」と騒ぐと、看護婦さんが「もしもしだけよ。恐くないから、大丈夫よ。」と優しく言った。僕は少し様子を見ることにした。

 看護婦さんの指示で、お母さんは診察用の椅子に座り、僕を膝の上に乗せた。僕は不安になったので、「嫌だよ。」と言って抵抗をしてみたけれど、看護婦さんもお母さんも「もしもしだけだから。」と優しく言うものだから、僕は仕方なく胸をだしてしまった。

 お医者さんは僕の胸を聴診して、その後僕はお母さん向きにだっこされて、背中を聴診された。看護婦さんが、「お母さん、手を背中と頭に当てがって、しっかりだっこしてください。」と言った。お母さんは僕をしっかり抱きしめるようにした。少し息苦しかったけれど、お母さんの胸の優しさと暖かさが感じられて、思わずちょっと嬉しくなった。こんな風にだっこされたことはついぞ無いことであったから。すると看護婦さんが僕の顔をのぞき込んで、「お名前は何というの?」と聞いた。僕が「遠藤政彦」と答えると、矢継ぎ早に「お歳は幾つ?」と聞いてきた。僕はつられて「5才」と言うと、看護婦さんはすかさず「何処の幼稚園に行っているの?」と聞いてきた。僕が「曙幼稚園」と答えた時、看護婦さんはお母さんに向かって「もういいですよ。」と言いながら僕の肩を揉み始めた。ここで初めて、僕は注射をされたことに気付いた。心配して損したなと思った。お医者さんも、看護婦さんも、お母さんも、「強かったね。すごいね。偉かったね。」と言ったけれど、僕にはその意味が良く分からなかった。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(10)帰ってきたテイル

 テイルがぼくの家に来たのは、今年の正月でした。そのときはまだ生後一ヶ月半の小さな犬でしたが、十月になって訓練所に帰っていったときには、背丈も体重も、僕と同じくらいになっていました。

 僕が小学校へ行かなくなってもう二年がたちました。学校へ行かないから友達もいません。夜遅くまで起きていて、昼近くまで寝ていて、夕方になってやっと外に出かけられるという毎日が続いていました。

 テイルは僕の唯一の友達でした。朝、テイルは僕のベッドの側で目覚めました。食事の世話は僕が希望してしました。そのため、僕は朝早く起きました。テイルの散歩と朝ご飯を終ると、テイルは居間の絨毯の上に横になって、大きな目を、ぎょろ、ぎょろ、と動かして、呼ばれるのを待っていました。

 お父さんの厳しい訓練を受けるとき以外は、テイルはいつも僕の側にいました。ファミコンをしているときも、テレビを見ているときも、テイルは僕の側にうずくまっているか、顎を僕の足の上に乗せて、寝ていました。

 十月の半ば、僕とテイルはお父さんの車に乗って訓練所に行きました。月一回の講習会で何度か来たことのある場所ですから、テイルは大喜びでした。あまりはしゃぎすぎて、お父さんに叱られてしまいました。簡単な手続きが終わると、テイルは訓練士さんに連れられて、犬小屋の方へ尻尾を振り振り行ってしまいました。きっとほかの犬たちと遊べると思ったのでしょう。僕が手を振って、「さよなら」と言っても、それには無頓着で行ってしまいました。

 それから一ヶ月がたちました。テイルがいたときの習慣が残っていて、僕は朝早く起きて、夜早く寝ていました。日中も、お父さんが取り寄せた教材で少しづつ勉強を始めるようになっていました。でも、飽きてしまうと、よくぼけっとして、テイルのことを考えていることがありました。

 夜中のことです。隣の居間でごとごとと音がするので、恐る恐るドアを開けてみました。部屋には明りがついていて、テイルがいつものように絨毯の上で横になっていました。テイルは首を持ち上げて言いました。「今度、うちに帰ることになったから。」僕はびっくりしました。「本当?本当だろうね。テイル。」テイルは諾きました。僕はテイルの所へ行いて、テイルをしっかり抱いて、ほおずりをしました。

 翌朝、僕は起きるなり台所へ飛んで行って、「お母さん、テイルがきのう、帰ってきてたよ。」と言いました。お母さんはにこにこ笑って、「そうお、良かったわね。それじゃあ後で訓練所に電話して、テイルが無事に帰っているか確かめてみるわね。」

と言いました。あれはやはり夢だったのかと僕は思いました。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(11)理香ちゃんが学校に行った日

 小学二年の娘、理香が学校を休み始めて3週間がたちました。頭が痛い、熱があるというので病院に連れて行くと、風邪と言われました。毎朝「頭が痛い、お腹も痛い」と言って起きてきませんでした。それがお昼ごろになると元気になって、ご飯は食べましたし、家の中で元気に遊びました。友達が遊びに来た日には、外で元気に遊び、「明日は必ず学校に行く」と友達と約束も交わしましたが、その翌日もやはり学校に行けませんでした。

 学校を休みだして一週間がたった頃、この様子を単身赴任の主人に電話したら、「近くの林医院の先生は子供の気持ちが良く解るから、あの先生に相談したら」と言いました。そこで理香に「林医院にいくよ」と言うと、それまで「もう絶対に病院に行かない」と言っていた理香が、「行ってもいい」と言ったので、私はびっくりさせられました。

 林医院では、先生はろくに聴診器も当てないで、三十分ぐらい冗談を交えながら理香ちゃんと話していました。その最後に先生は私に向かって、「理香ちゃんは必ず学校に行くようになります。それまでは学校と縁を切って、家の中でゆっくりとすごさせてやってください」と言われ、その他にもいろいろと注意を受けました。それらは私にはびっくりする内容のものばかりでした。

 その夜、主人に電話で報告しました。主人は「やはりそうか。どうも林先生の言っていることが本当のようだから、林先生の指示に従ってやってみるように」と言いました。

 それから二週間が経ちました。朝、理香は普通に起きてきて、一日中家の中で自由に過ごしていました。私も喉まで登ってきた言葉を抑えて、明るく振舞って、主人が帰ってくる日を待ちました。

 昨日遅く主人が帰ってきました。理香は朝ご飯を食べ終わって、ソファーで童話を読んでいました。そこへ主人がぬっと入って来て、食卓につきました。「理香、お早う。どうだ、調子は」と主人が言うと「今日から学校に行くよ。用意してくる」と言って理香は自分の部屋に行ってしまいました。私が後を追いかけようとすると、主人が「ほっておけ」と言って私を制しました。

 主人の朝食が終わると、二人は自動車で学校へ出かけました。出かけて三十分も経たない内に主人だけが帰ってきました。私が「どうだったの」と聞くと「理香が教室に着くと、一人で教室に入ってね。すると拍手がわき起こって、理香、嬉しそうだった。後で先生と会って、理香が学校に行けなかった理由を話すといいだろう。」と主人は言って、自動車の中で理香が話してくれたことを私に伝えました。それは先生が宿題を忘れると立たせたり、答えを間違えると怒ることでした。その日の夕方、私は先生に会ってそのことを伝えました。先生は快く理香の希望をかなえてくれました。その日以後、理香は元気に学校へ通っています。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(12)丸い石

 僕は灰色の丸い石です。ある大きな川の河原で、仲間達とのんびりと年月を過ごしていました。それがある日突然、大きな機械がやって来て、僕達をがさがさっとすくい上げると、大きな車に乗せて、どこかへ連れて行ってしまいました。

 僕達が降ろされたのは道路工事現場でした。僕達は道路の上にきれいに敷き詰められました。それからどれくらいの月日が経ったでしょうか?その僕達の上をいろいろな自動車が走りました。人や動物も歩いて行きました。

 ある日のことでした。僕が何気なく見上げると、学校帰りの男の子が僕をじっとみつめていました。僕はびっくりしました。男の子はしばらく僕を見つめていましたが、おもむろにしゃがんで僕をつまみ上げると、僕をポケットにいれました。僕は男の子のポケットの中で搖れながら、男の子の家に行きました。

 男の子は家に帰ると、机の上に僕を置いてしばらく見ていましたが、僕を机の上に置いたままどこかへ出かけてしまいました。

 男の子が出かけた後しばらくして、男の子のお母さんがやってきました。お母さんは男の子のランドセルの中や衣類を見ていました。お母さんは机の上の僕を見つけると「あら、またこんなものを。」と言って、窓を開けて、僕を庭にぽーんと投げ捨てました。その夜は、僕は庭の草の間で、夜露に濡れて過ごしました。

 翌朝になりました。男の子がぶつぶつ口の中で言いながら庭に出てきました。何かをしきりに捜していました。男の子は僕を見つけました。「あった。あったぞ。よかったよかった。」男の子は嬉しそうでした。僕も男の子の嬉しそうな顔を見て嬉しくかりました。その日は男の子の机の引出しの中で、男の子の帰りを待ちました。

 お昼ごろでした。お母さんがやってきて、僕の入った引出しを開けて、僕をつまみ上げて言いました。「こんな石、どこがいいのかしら」お母さんは二、三回首を傾げて、僕を机の中に戻して、立ち去りました。

 昼過ぎになって、男の子が帰ってきました。男の子は帰るとすぐに絵の具を取り出して、僕の上に色を塗り始めました。色を塗られると僕はアンパンマンの顔そっくりになりました。男の子は僕を手の上に乗せて、居間にいるお母さんの所に行きました。「ぼら、言った通りだろう。アンパンマンそっくりだろう。」「あら、本当にそうね。アンパンマンね」お母さんは、今度はにこにこしてこたえていました。

 男の子はおやつを食べ終わると、僕を食卓の上に置いたままどこかへ行ってしまいました。お母さんは僕をのぞき込んで「あの子、こんなことを考えていたのね。」と仕切りと諾いていました。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(13)熊の縫いぐるみのぼこちゃん

 ちゃくちゃんは幼稚園に通う女の子。お母さんと二人で生活しています。ぼこちゃんは熊の縫いぐるみです。ちゃくちゃんがまだおむつをしている頃からの友達です。ちゃこちゃんが家の中にいるときは、いつもぼこちゃんと一緒でした。いつもぼこちゃんを片手でだっこしていましたし、寝るときもぼこちゃんと一緒に寝てました。そのため、ぼこちゃんの体の毛があちこちで抜けてしまっていました。色もあせていました。しかしちゃくちゃんはぼこちゃんが大好きでした。

 ちゃくちゃんは朝、お母さんと一緒に保育所に行きました。夕方帰るときは一人で帰って、家の中でぼこちゃんと遊んでいました。ちゃくちゃんは、ほとんどおもちゃを持っていません。それなのにちゃくちゃんは、お友達の持っているようなお人形やおもちゃを、おねだりしたことはありませんでした。お家が貧しくて買えないことを、ちゃくちゃんはよく知っていました。

 保育所から帰ると、ちゃくちゃんはぼこちゃんに向かって言いました。「ぼこちゃん、この絵本のお花畑につれていって。」するとちゃくちゃんの周りは赤、白、黄色の花の咲き乱れるお花畑になりました。空は青くて、白いチョウチョが舞っていました。「ねえ、ぼこちゃん。私、ひらひらのついたああかい服、着たいの。それから、チョウチョのような黄色いリボン、欲しいわ。」するとちゃくちゃん、フリルのついた赤いワンピースを着て、頭に大きな黄色いリボンをつけていました。「ぼこちゃん、おままごと、しよう。」ちゃくちゃんは広いござの上に、ままごとの道具と一緒に座っていました。ぼこちゃんも向かい合って座っていました。「ぼこちゃんはおとうさんよ。わたし、おかあさん・・・・。あなた、すぐにご飯にするわね。新聞でも読んでまっててね。」ちゃくちゃんはそばの草花を抜いて、まな板の上にのせて、お料理を始めました。

 赤と黄色の小鳥が一羽、ござの上に止まりました。「あなた、お客様みたい。私、いま、手を離せないから、おあいてしてくださって。」ちゃくちゃんは、小さくちぎった草のはっぱを小さな茶碗にいれながら言いました。小鳥がぼこちゃんのそばでぴーぴーないていました。ぼこちゃんも嬉しそうでした。小鳥は飛んで行きました。「あなた、お客様はお帰りね。ご飯にしましょう。」と言って、小さな食器を並べました。ぼこちゃんがそれを食べるまねをしました。ちゃくちゃんも食べるまねをしました。「あら、お母さんがかえってきたみたい。ぼこちゃん、おうちにかえりましょう。」とちゃくちゃんが言うと、もうちゃくちゃんとぼこちゃんは元通りになって、おうちの中にいました。「お母さん、お帰りなさい。ちゃく、おなか、すいちゃった。」と言いました。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(14)私は痩せの女の子

 私は痩せの女の子。学校で一番嫌いなのは給食の時間です。いつも他の人の半分くらいしか食べられません。それで十分おなかは一杯になるのですが、先生は

「もっと食べなくてはいけません。」

と言って、給食時間が終わるまで、教室からだしてくれません。給食を食べれないことは私にはどうにもできないのに、先生はそのことを認めてくれません。私は給食を全部食べて、お替わりまでしてしまう男の子を羨ましく思っていました。私は毎日、泣きたい思いで給食の時間を迎えていました。

 その日の給食の時、牛乳の代わりにポタージュスープが出ました。私はポタージュスープだけは好きでしたから、そればかりを飲んでいました。すると突然、目の前にお母さんが現われました。お母さんは私をにらみつけていました。

「いつも言ってるでしょう。おかずはまんべんなく食べるものです。栄養を考えて作ってあるのだから、一つのおかずばかりを食べるものではありません。」

お母さんに監視されていてはどうにもなりません。私は他のおかずにも手をのばして、食べ始めました。

 他のおかずも食べ始めると、たちまちおなかは一杯になりました。すると目の前にいたはずのお母さんは、いつのまにか秋田のおばあちゃんになっていました。おばあちゃんは私の食器をのぞき込んで言いました。

「あれあれ、もったいない。食事はご飯から食べるものです。お米は八十八の手がかかっているから、ご飯は残さずに食べるものです。おかずは一皿ずつ食べて行くものです。そうすれば、残したおかずは他の人が食べれるでしょう。もったいないことをしてはいけません。」

と私をにらみつけました。私はすでにおなか一杯なのでした。どうしたらよいかわからなくなりました。私は泣きだしてしまいました。 先生が側にやってきました。

「何を泣いているのですか?みんな、これぐらい食べれているのに、なぜあなたはこれぐらい食べれないのですか?あなたの給食は少な目にしてあるのですよ。こんなことで甘えてはいけません。がんばって食べなさい。食べ終わるまで、外には行かせませんからね。」と言いました。わたしは体がすくみました。恐怖で手足が振るえました。

「いや、いや、いや。みんな嫌い。だい嫌い。給食なんてだい嫌い。」

と言って泣くだけでした。 

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(15)私はミニー

 私はミニー。私の美智子ちゃんが私のことをミニーと呼びました。それはディズニーのミニーちゃんの絵が文字盤に描いてある腕時計だったからです。そのミニーちゃんの絵の胸の所に、液晶の数字が出て、時刻を示すようになっていました。私にはピンクのベルトがついていました。そのベルトで美智子ちゃんの手首にしっかりとくっついて、去年の春から、私はいつも美智子ちゃんと一緒に学校へ行っていました。

 私はとても幸せでした。美智子ちゃんは私の事をとても大切にしてくれました。友達にも、私の事を自慢してくれました。美智子ちゃんは、時刻を見るときにはいつも私の事をのぞき込みました。美智子ちゃんは、私をいつも机のいちばん上の引出しのいちばん手前に入れてくれました。それなのにこの春から、美智子ちゃんは突然私の事を机の一番下の引出しの一番奥に入れてしまったのでした。

 その時、私はちょっとびっくりしました。でも、美智子ちゃんの都合で、別の引出しに入れられたって不思議ではありません。私はその引出しの中で、美智子ちゃんに取り出されるのを今か今かと待っていました。私はいつ美智子ちゃんからお呼びがかかっても良いように、一生懸命時刻を示していました。

 その私の様子を見ていた古ノートと短くなった鉛筆が私を馬鹿にして笑いました。

「ミニーたら、馬鹿な奴だよ。こんな所で時間を示しても、誰も見てくれないよ。それに、この引出しに入れられた物は、あとはゴミとして、捨てられるだけなのに。」

私はそれを信じませんでした。なんと言われようと、美智子ちゃんが必ず私を迎えに来てくれると信じていました。

 真夏の暑さで、この引出しの中も蒸れかえっていました。私はいつものように、古ノートや鉛筆が私をあざけ笑うのを無視して、澄まし顔をしていました。しかし今日の私はどことなく変でした。はじめの内はその理由がわからなかったのです。その内自分の文字盤を見て私はびっくりしました。私の文字盤の文字が消えていました。電池が無くなっていたのでした。私は体中の力が抜けてしまいました。私は絶望のどん底でした。

 絶望の日々が何日か過ぎました。古ノートや鉛筆の笑い声が心に突き刺さりました。私は絶望から死ぬことだけを考えていました。すると、いつも大口を開けたまま寝てばかりいたがま口がわたしに声をかけました。

「ミニーさんや、わしら、もう用済みなんだから、後はなるようになるだけさ。くよくよしても何の得もないよ。気楽に行こう。歌でも歌わんかい。」

がま口は大声で歌いだしました。古ノートも鉛筆も歌いだしました。私もつられて歌いだしました。歌い出すと嫌なことも全て忘れて元気が出ました。何もかも忘れて、気楽に生きることに決めました。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(16)学校の便所

 健太郎君は中学二年生。活発でまじめな生徒だった。学級委員もしてたし、成績も悪くはなかった。クラブ活動は吹奏楽部で、オーボエを吹いていた。吹奏楽部の練習はいつも、校舎の最上階五階のいちばん奥の教室で行なっていた。健太郎君は昼休みも、ときどきこの教室にきて、オーボエを吹く練習をしたし、放課後の個別練習や全体練習に、必ず毎日のように参加していた。

 健太郎君は吹奏楽部の練習を楽しんでいた。しかし、この練習に関して、嫌なことが一つ有った。それは便所だ。五階の男子用便所は、健太郎君が練習をする教室の反対側の奥の方にあった。その便所は、特別な便所ではなかったが、問題点は、放課後になるとほとんど使う人がいなくて、学校内の盲点の一つになっていた。ときどき見知らぬ生徒が数名、便所の中にたむろしていた。たむろして何かこそこそとやっていた。ときどきタバコの臭いがしてたり、タバコの吸いがらが落ちていたりしていた。きっとこの生徒達は、この便所の中でタバコを吸っていたのだろうと、健太郎君は思っていた。だから健太郎君は、できるだけこの便所を使わないようにしていた。

 ある放課後の吹奏楽部の練習の際の事だった。健太郎君は急に便所に行きたくなって、大急ぎでこの便所にきて、用を足した。その後、これから便所を出て行こうとしたとき、窓側の大便の便器のある方から、男子の生徒が数名出てきた。そして健太君の事を手招きして呼んだ。

「なんですか?」

健太君がびっくりして答えると、

「ちょっと、こっちにこいよ。」

とリーダー格の男の生徒が言った。頭を油でてかてかにして、髪の毛を固めて、学制服のボタンを上半分はずして、いきがっていた。健太君は背中を冷たいものが走った。まずいと思った。関わらない方が良いと思った。すかさず、

「いま、時間が無いので、後で。」

と言うと、身をかわすようにして便所を飛び出し、走って吹奏楽部の練習している教室に戻った。背中の方で、先ほどの生徒達が声高に笑う声が聞こえた。

 それ以後、健太郎君は五階の奥の便所を使うのをやめた。あの連中が恐かったのだ。何か仕返しをされるのが、嫌だった。そのため吹奏楽部の練習の時には、予め健太君の教室のある階の便所に行って、用を済まして置くことを忘れなかった。練習の際に、便所に行きたくなったときも、いくら遠くでも、いつも使う三階の便所まで、降りて行った。

 それからほぼ一年間、健太郎君は休み時間でも、必要な時以外はいつも教室の中にいた。廊下や校庭で、あの連中に会うことを避けるためだった。健太郎君の嫌な中学生活の思い出である。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(17)僕は機関車の運転手

 太平洋戦争が終わって、十年ぐらいたった頃の話です。俊一君の家の風呂は、木でできていました。上から見ると小判型の、その一方に火の焚き口のある、木の臭いのする、お風呂でした。俊一君の家では二日に一度、この風呂をたてていました。そして俊一君はこの風呂の係でした。

 風呂の係は大変です。まず風呂の栓を開けて、貯っている前回の風呂の水を落とします。その際に、上がり湯の方の水を落とすことを忘れ易いのです。次に風呂桶全体をきれいに洗います。それが終わると、風呂桶と上り湯の所に水を張ります。その水が貯る間に、風呂釜の掃除をします。釜の中の灰をきれいに捨てて、紙屑と燃え易い薪を入れて置きます。風呂桶の水が貯って、風呂の蓋を閉めたら、これで準備ができました。俊一君の機関車の準備ができたことになります。

 俊一君は小学校の低学年を田舎の線路の側で過ごしました。その線路の上を特急燕が轟音を立てて走って来るのを、毎日のように見ていました。黒くて巨大な鉄の生き物が、煙突からもくもくと煙を吐いて、ピストンの所から、真っ白な蒸気を吐いて、警笛を鳴らして、いくつもの客車を引っ張って、胸を張って走って行きました。俊一君はその勇壮な姿にあこがれました。あの機関車を運転してみたいと思っていました。

 東京に引っ越してきた俊一君は、交通博物館で蒸気機関車に乗ることができました。そこで、蒸気機関車の大きさに改めてびっくりしました。その運転席の複雑な構造にびっくりしました。ますます蒸気機関車の魅力にとりつかれました。

 俊一君は、最近あの蒸気機関車を運転しているシーンを、映画で見ました。二人の機関士がいろいろな弁を操作して、石炭を釜に放り込む様子が脳裏に焼き付いていました。そこで風呂釜のイメージと蒸気機関車の運転席のイメージとが重なり有ってしまいました。

 まず俊一君は学生帽を被ります。その顎紐を、顎の所に持ってきます。マッチで風呂釜の中の紙に火をつけます。紙が燃えて薪に火が移り、薪がよく燃えると、石炭をくべます。石炭が燃え出すと、後は気楽です。

 俊一君は蒸気機関車の運転手気どりです。「しゅっぱあつ。」

指さしして、点検や確認をする真似をします。釜の蓋をさっと開けて、小さなスコップで石炭をくべます。あまりくべすぎると、風呂が熱すぎてしまいます。風呂の湯をかき混ぜて、温度を確認しなからの、蒸気機関車の運転です。

 残念ながら、俊一君の機関車は動きません。それでもかまわないのです。単調な風呂焚きを、こうでもしないと、俊一君にはとても続けられません。そして、風呂が沸いたら、その日の俊一君の機関士の役目は終わりになります。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(18)すみれ

 思い切って私は背伸びをしてみた。そうしたら、私を被っていた雪を突き抜けられた。そこには、まだ冷たい風が吹いていたけれど、お日様は明るく照らしていた。やっぱり、春が来ていた。今度は、力いっぱい体中の葉っぱを伸ばすようにして、私は大あくびをした。その勢いで、私の周囲の雪がはねとばされてしまった。

「お日様さん、雲さん、お久しぶり。」

私は大空に向かって声をかけた。

「すみれさん、元気そうね。今年もすみれさんが、一番の早起きですよ。」

手を振りながらお日様が言った。

 やがて日が暮れた。周りの雪がミシミシと凍っていった。寒さが私の体の芯までしみこんで来た。

「こんな寒さに負けられるか。がんばって、明日の朝までに、花を作らなくちゃあ。」

私は夜を徹して、花作りに励んだ。そして紫色の小さな花を一輪作り上げた。その後ほっとして、私は短い眠りに着いた。

 翌朝、誰か私を呼んでいるので、びっくりして目をさました。

「すみれさん、もうとっくに朝ですよ。ずいぶん疲れていたようですね。」

お日様がすみれを呼び起こしたのだった。

「お早ようございます。お日様さん。昨日の夜はこれを作るので、忙しかったのです。」

私は昨夜作った花のつぼみを取り出すと、ゆっくりと広げていった。それは小さいけれど、濃い紫の可愛い花でした。

「わあ、きれい。この春最初の花ですよ。すみれさん、どんどん咲かして下さいね。」

お日様は大喜びで言った。

 私はその夜も次の夜も、花を作って咲かせた。しかし次の日からは、重苦しい雲が空中を被って、お日様を隠してしまった。ぱらぱらと雪も降ってきた。寒い寒い日がまたやってきた。私はまた、体の半分まで雪に埋もれてしまった。

「雲さん、どいでくださいな。お日様が出なけりゃあ、お花を咲かしても意味がないんだから。」

「ごめん、ごめん。もう二三日したら、北の国へ帰って行くから、もう少し待ってね。」空を被っていた雲が誤りながら言った。

 二三日すると、空を被っていた雲はどこかへ行ってしまった。その後また、明るいお日様が顔を出した。私は元気を出して、私の周りの雪をのけた。そこで、明るいお日様の光を体全体で浴びて、大声で春の歌を歌った。するとどこからか、蜜蜂がやってきた。

「すみれさん、元気がいいね。遠くからでも歌が聞こえたよ。それじゃ、おいしい密をご馳走になります。」

「まだ、私一人で寂しいから、お友達を連れて、どんどん遊びにきて下さいね。」

私ははしゃぎたい気持ちを抑えて、蜜蜂にたくさん密をご馳走した。お友達が一人増えて嬉しかった。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(19)武君の使った乾電池

 ぴかぴかの頭とおしりに、青い文字の書いてある真っ白な服。金色のベルトをきりりと締めて、僕はかっこいい、アルカリ乾電池。僕は武くんのミニ四駆をがんばって走らせていた。ある日武君は

「走りが悪くなった。」

と言って、僕をミニ四駆から取り出すと、新しい乾電池と取り替えてしまった。武君は僕を机の引出しの箱の中に、無造作に放り込んでしまった。

 箱の中にはすでに乾電池が五本入っていた。

「やあ、新顔さんだね。なかなかハンサムじゃあないか。あんたも武君のミニ四駆で働いていたのかい。」

赤い服を着た乾電池がさっそく声をかけてきた。

「やあ、皆さん、今日わ。ここはいったいどこですか?」

僕は不安になって尋ねた。

「は、は、は、ここはお払い箱さ。電池の墓場だよ。」

ぴかりと金色に光る服を着いた乾電池が、寂しそうに言った。

「墓場だって?君達も元気だし、僕だって新品同様だよ。何で僕達が墓場にいなくちゃあならないんだ。僕なんか、まだまだ働けるよ。ちょっと力が落ちただけなんだから。」

僕は腹が立って来るのを抑えて言った。

「それは僕だって同じだよ。だけど武くんはもう僕達のことを思いだしてもくれないんだ。寂しい話だよね。」

黒い服を着た乾電池が言った。

「僕は嫌だ、僕は絶対に嫌だよ。まだ働けるんだから、もっと働きたいよう。」

僕は泣きながら大声をあげた。それを見た赤い服の乾電池がいらいらしながら言った。

「がきみたいに、いつまでも、がたがたぬかすんじゃあねえよう。」

 僕は泣きたい気持ちを抑えて、黙って時間のたつのを、じいっと待っていた。他の乾電池達も黙ったままだった。きっと僕と同じ気持ちなのだろう。何か話したいと思っても口を開くことはできなかった。とても刺々しい雰囲気が漂い、どの乾電池もただ自分の殻に閉じ込もっていた。

 何日かたった。僕はだんだん諦めの境地になってきた。そうすると、僕が生まれたときからの事を思いだした。そのころ、僕は希望に満ちていた。体中力が満ちあふれていた。これから一つ大仕事をしようと夢みていた。電気店に並べられたとき、他の乾電池に比べて僕の見栄えの良さにうきうきした。早く自分の実力を発揮したくてうずうずしていた。そのとき武君が僕を買って、武君のミニ四駆に僕を装着した。僕はこんしんの力を出した。武君の自慢そうな顔を見るのが嬉しかった。しかしそれはさほど長くは続かなかった。僕はミニ四駆からはずされ、捨てられたのだ。 いま僕にできることは、静かに最後のくる時を待っていることだった。 

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(20)石油ランプの炎

 暗い夜だった。空の星がきれいにまばたいていた。ベランダの上には丸いテーブルがあった。そのテーブルの上には空になったオレンジジュースの瓶があった。そのテーブルの中央には石油ランプがあって、オレンジ色の光を放っていた。陽介君はテーブルの側の椅子に腰をおろして、ぼんやりと石油ランプの炎をながめていた。時折吹いて来る涼しい風に、ランプの炎はちらちらっと搖れた。思いだしたように、遠くで寝ぼけた鳥が甲高く、キッキッキーと鳴いた。

 陽介君ははっと我に帰った。先ほどからランプの炎が仕切りと陽介君に話しかけているのに気づいたからだ。陽介君は身を乗り出して炎を見た。炎はにやりと笑って言った。

「やい、陽介。やっと気づいたか。」

「何か用かい。」

「お前、弱虫だし、頭も、顔も悪いから、救いようがないよな。その点、俺様なんか、こうやって明るく暖かい光を放って、輝いている。どうだ、すばらしいだろう。」

「何だ、そんなことを言いたくて、僕を呼んだのかい。生意気な奴だ。そんな、生意気なことを言うのなら消してしまうぞ。」

陽介君は、ネジを回してランプの炎をだんだん小さくした。

「へ、へ、へ。これ以上小さくできまい。これ以上小さくすると、俺は消えるけれど、真っ暗になるぞ。するとお化けがでるぞ。どうだ。俺様を消せるかい。」

小さくなった炎は言った。

 陽介君は真っ暗なところは大嫌いだった。暗いところが恐かったからだ。そこで陽介君はちょっと考えた後、立ち上がって、家の中に入って行った。その後、すぐに懐中電灯を持って出てきた。それを見た炎があわてて言った。

「陽介、それはずるいぞ。違反だぞ。」

「うるさい炎だなあ。それじゃあ消すぞ。」陽介君はランプの炎を消そうとした。

「ちょ、ちょ、ちょっと待て、陽介。わかった、わかったよ。もう言わないから、消さないでくれよ。俺の光の方が明るくてきれいだから、消さないでくれよ。」

「ああ、いいよ。そのかわり気にさわることは言うなよな。こんな夜は、ランプの光のほうが趣があっていいよな。」

陽介君はネジを回して、ランプの炎を大きくした。炎は嬉しそうに、めいっぱい明るく元気に輝くと、少しちらちらと搖れた。

 陽介君と炎とが、おしゃべりをしている内に、夜はふけていった。陽介君は眠たくなったので炎に向かって言った。

「もう、寝るから、消すよ。」

「明日もこのランプを使ってくれるかい?」

「ああ、明日の晩も、君と話をしよう。それじゃあお休み。」

「また明日。」

 陽介君はランプを消すと、そのランプを持って、家の中に入って行った。

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(21)柱時計と置き時計

 あるお家の居間の壁に柱時計がかかっていました。柱時計は年期物で、この家の主人のお父さんが子供の頃から、時刻を告げていました。その柱時計の近くのテレビの側に、置き時計がありました。その置き時計は電池式で、毎日正確に時刻を示していました。

 ある日の夜の事でした。置き時計はとてもいらいらしていました。眠れないままに、明け方を迎えていました。ちょうどその時、柱時計が「ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん」と眠そうな音で、四時を告げました。置き時計はついに我慢できなくなって、柱時計に向かって怒鳴りました。

「おおい、柱時計君。今、何時だと思っているんだい。もう、四時十分だぜ。何をぼけているんだい。」

「あーあ、良く眠った。誰だと思ったら、置き時計君じゃあないか。どうしたんだい、そんなに怒って。」

「これが怒らずにはいられるかい。いったい、今何時だと思っているんだい。君だって、時計なんだろう。しっかりしろよ。」

「いま、四時だよ。それがどうしたんだい?」「とんでもない。今、四時十一分二十六秒だぜ。君は昨日から、とんでもない時間に時刻を打っているんだ。これを怒らないでいられるかい。君は時計として、失格だ。」

「へえ、僕は十一分も狂っているのかい。きっと、ゼンマイが切れて、遅れだしたんだろう。ご主人にゼンマイを巻いてもって、時刻を合わしてもらわなくっちゃあ。」

「狂っているときには、時刻を打つなよ。」

「でも、僕は正確に動いている積もりなんだがなあ。僕の時刻に従って、時間ごとにきちんと時間通りの時刻を打つのが僕の仕事なんだ。」

「ともかく、君のは狂っているんだよ。これだから、年寄りは嫌なんだよな。」

置き時計はぶつぶつ文句を言っていました。

 柱時計はしばらく考えた後言いました。

「置き時計君、君は電気式のすばらしい時計だよね。一日で一秒も狂わないのだから。でも、なぜ、それだけいつも正確に動いていなくちゃあならないんだい?」

「それが時計の仕事だろうが。」

置き時計はむっとして言いました。柱時計は続けて言いました。

「もう少し、気楽に生活してもいいんじゃあないかい。いつもそんなにぴりぴりしていると、今にくたびれて、病気になってしまうよ。君達電気時計だって、少しは時間が狂ってもいいと思うよ。」

それを聞いた置き時計はニヤっと笑って言いました。

「は、は、は。僕達みたいに正確に時間を告げられないから、ねたんでいるんだね。」

「僕たち柱時計も、若い時には、誰がいちばん正確に時間を示せるか競争したもんだよ。その結果早く駄目になった仲間がどんなに多かったか。」

「僕は正確さでは、誰にも負けないよ。電池も大きいのが入っているから、一年は今のように正確に動いてみせるさ。」

「たった一年?君達は僕を馬鹿にするけれど、僕はすでに六十年以上も元気で時刻を告げてきた。確かに君達ほど正確に時刻を刻めなかったけれど、十分に役目を果たしてきた。そして、今でも元気でいる。」

「時代が違うんだよ、時代が。」

置き時計はぶすっとして言いました。柱時計はそれにはうなずきながら言いました。

「そうだね。その通りだね。その意味では君達電気時計は可愛そうだね。僕達は一日に一分も違わなければ、驚異だと言われたものさ。それが、君達電気時計君達は一日に一秒も狂わないんだから。僕達にはとても想像もできなかったことだ。とても太刀打ちできないよ。もう、僕達の時代はとうに終わったことは、良く知っている。」

「僕は眠いから、これから寝るよ。むしゃくしゃしていたから、今夜はまだ、一睡もしていないんだから。しゃべりたけりゃあ、一人でしゃべっていな。」

 置き時計はそう言うと、こっくんこっくんと眠り始めました。柱時計は置き時計には無頓着に、しゃべり続けました。

「今となれば、僕達の競争は何の意味も無かったんだ。あれだけ神経をすり減らして、一分でも、一秒でも、正確に時を告げようとしたのに、置き時計君のような電気時計が現われると、僕達の存在意義すらなくなってしまった。ここの御主人だって、昔の思い出に僕をここにおいていてくれているだけなんだ。僕の告げる時間が十分や二十分違ったって、何の意味も無いのさ。僕がここにこうしていれるのは、僕が六十年以上も、この家の人たちと生きてきたと言う、事実だけなんだ。ああ、あ。僕もまだ眠たいよ。もう一寝入りする事にしよう。」

 

次の夜も浩君は童話の館で魔法使いのおばあさんの話を聞きました。

(22)虹の扉

 亘君が自転車に乗って走っていると、目の前にきれいな虹がかかっていました。その虹を見て、亘君は虹の所に行ってみようと思いました。そこで亘君は、全速力で虹の方へ、自転車を走らしました。虹が消えないようにと、祈りながら力一杯ペダルを踏みましだ。

 思ったよりも簡単に虹がある所に来れました。虹の内側は大きくて透明なドアになっていました。ドアには貼紙がしてありました。

「亘君はドアを開けて入って下さい。」

亘君は不思議に思いました。

「なぜ、僕がここに来ることを知っているんだろう。変だなあ。いったい、このドアの向こうは何になっているんだろう。」

亘君は不思議に思いながらも、思い切ってドアを開けて、中へ入って行きました。

 そこは大きな町になっていました。着飾った人がたくさん行き来していました。それに混じって、たくさんの動物が行き来していました。キリンや猿やライオンもいましたし、虎もいました。それらの動物達は皆楽しそうに仲良く歩いていました。その様子を見て、亘君はまた不思議に思いました。

「ここは動物園じゃあないのに、なんでこんなに人と動物が多いんだ?」

その時、亘君を呼ぶ声がしました。

「亘くーん、ひさしぶり。」

亘君はその声の方を見てびっくりしました。それは以前亘君が作ったプラモデルの宇宙戦士ジョバンでした。

 ジョバンは甲冑をがたがたいわせながら、亘君の所にやってきました。

「あの貼紙を見て、亘君はきっと来てくれると思いました。これから私がおもちゃの国をご案内しましょう。」

「ここはおもちゃの国なの?」

「そうです。ここは人間が使っていらなくなったおもちゃが集まっている国です。」

「それじゃあ、僕の熊のゴンタもいるの?」

「ゴンタの所にも、後で私が案内します。私の背中に乗って下さい。」

そう言うと、ジョバンは亘君を背中に乗せて、空に飛び上がりました。

 ジョバンは亘君を連れて、おもちゃの国を案内しました。その途中で、ぬいぐるみの熊の村に立ち寄りました。そこにはゴンタがいました。ゴンタは亘君が赤ちゃんの時からの友達でした。亘君はゴンタをしっかり抱いて、再会を喜びました。しばし亘君とゴンタは楽しい時を過ごしていました。

 突然ジョバンが言いました。

「もうすぐ、虹の扉がなくなります。亘君、急いで帰りましょう。虹の扉が無くなると、亘君は人間の国に帰れなくなります。」

ジョバンは亘君は背中に乗せると、虹の扉の所に帰りました。ジョバンが言いました。

「亘君、虹が見えたら必ず来て下さいね。」

「うん、今日はありがとう。」

亘君はお礼を言うと、自転車に乗って家に帰りました。 

 

童話の館(2)へ        表紙へ