動物村の星見会   須藤 透留
 
 今日の健ちゃんは、学校を終えると家まで大急ぎで帰りました。だって今日も塾に行く
までの間、少しでも長くファミコンをしたかったからです。
 家に着いて机の上にランドセルを置こうとすると、机の上に大きな柏の葉が置いてあり
ました。何だろうと不思議に思って良く見ると、その上に何か文字のようなものが書いて
ありました。
「健一様
 今夜十時より、動物村の中央広場で星見会を開きます。どうぞ来て、ご指導下さい。
        村長 熊太郎」
「ふうん、何だろう、これ。変な手紙。僕、動物村も知らないし、星見会の話も聞いた事
もないよ。」
そう思うと、健ちゃんはテレビの所に行き、ファミコンを始めました。
 その夜の事です。健ちゃんは、誰かがこつこつっと窓ガラスを叩くので、目がさめまし
た。不思議に思って、起きて窓を開けてみると、秋の夜空一杯に、沢山の星がきらきらと
輝いていました。天の川からも、銀色の流れの一部が、冷たい澄んだ夜風となって、窓か
らさっと流れ込んできました。窓の外には一匹の狸が健ちゃんの靴を用意して待っていま
した。
「熊太郎村長の代わりに来ました。どうか星見会にお越しください。」
「ああ、あの柏の葉っぱの手紙のことね。ううん、どうしようかな。ま、いいか。一緒に
いこうよ。」
 健ちゃんと狸とは、一緒に歩いて村を抜け、裏山深く入って行きました。いくらきれいな
星明りとは言え、足元は真っ暗です。狸の持ってきたライトの明りで、石や木の根っこに
つまずかないように気を付けて、どんどん山の中へと進んで行きました。
 「ほんとに、君達、星をみるの?」
健ちゃんははあはあと息をきらせなから狸に尋ねました。
「私達、動物にとって、季節を知るのに、星を見るのはとても大切なことなのですよ。」
「そうだよね。季節によって見える星が違うもんね。」
健ちゃんはうんうんとうなずきながら答えました。実は、去年、健ちゃんはお父さんに天
体望遠鏡を買って貰ったのでした。そしてその天体望遠鏡で星を観察しながら星の勉強を
たくさんしたので、健ちゃんは星のことについては少々自信がありました。
「そうです。私達は夜空の星を見て、もうすぐ雪が解けだすのだなと感じたり、もうすぐ
みぞれが降り出すのだなと考えたりします。今日はそのための勉強をかねて、星を見ます。」
狸が言いました。
 まもなくすると小高い山の頂上にやってきました。そこは少し開けていて、そこに沢山
の動物達が集まっていました。健ちゃんはみなの拍手で迎えられました。その拍手の中
から一匹の大きな熊が出てきて、健ちゃんにぺこりとおじぎをしてからいいました。
「私はこの動物村の村長、熊太郎でございます。今日はお忙しい中、よくお越し下さいま
した。動物村を代表いたしましてお礼申し上げます。私達の為に御指導の程、宜しくお願
い申し上げます。」
「え、僕、ここで何かするの?僕、ここに遊びに来ただけなのに。」
健ちゃんはびっくりして尋ねました。
「はい。私達は星のことについて良く知りません。どうか星のことについて、いろいろと
教えて下さい。」
健ちゃんは困ってしまいました。こんなことなら来なければ良かったとも思いましたが、
もう今となっては仕様がありません。たくさんの動物達の期待のこもった目が健ちゃんに
注がれています。健ちゃんはやるだけのことはやってみようと決心しました。
 健ちゃんは動物達の真ん中に立つと、いつも星空を見る時にそうするように、まずぐる
りと星空を見回しました。あった、ありました。いつもまず最初に見つける柄杓星が北の
地平線近くに見つけることができて、健ちゃんはほっと胸をなで下ろしました。健ちゃん
は柄杓星を指さしながら言いました。
「皆さん、あの柄杓の形をした七つの星がわかりますか?あれを北斗七星と言います。」
それを聞いて、動物達はてんでにがやがやがやとしゃべりだしました。健ちゃんはもっと
大きな声を張り上げて、続けて言いました。「あれは大熊座の体と尻尾になります。」
「え!、大熊座だって?それじゃあ、わしの星座なのかい。」
熊の村長が大声を上げました。村長は嬉しそうに肩をいからせて続けました。
「おっほん、わしの星座があるということはわしも大物だということじゃろう。」
「あの柄杓星の端の二つの星をずっと七倍延ばしていったところに、割と明るい星があり
ます。あれが北極星です。この北極星はいつも真北にありますから、方角を決めるのにと
ても便利です。」
いつのまにか、健太は学校の先生の口調で、北の空を指さしながら、説明していました。
「それじゃあ、道に迷ったら、あの北極星を目安にして、方向を決めればいいんだね。」
兎がうなずきながら言いました。健太は
「そうです。方角がわからなくなったら、まずあの北極星をみつけてください。そして、
北極星もやはり別の柄杓型の星の一部になっているのがわかりますか?あの星座を小熊座
と言います。北極星は小熊座の尻尾になっています。」
「すると、あれは僕の星座なんだ。北極星も僕の星なんだ!」
村長の子供が胸を張って言いました。
「東の空を見てください。だぶゆの形の星座がわかりますか。あれがカシオペア座です。
あのだぶゆの向きからも、北極星の位置がわかります。」
「それじゃあ、夜ならいつでも方角が解るというわけですね。」
猿が腕組をしていいました。
「真上を見てください。天野川が見えます。その中に明るい星があります。それをしっぽ
として、白鳥が天の川の上をを飛んでいるのがわかりますか?あれが白鳥座です。その西
側を、胸に明るいペンダントをつけた、鷲が羽ばたいているのがわかりますか?あれが鷲
座です。白鳥の側を狐が走っています。あれが小狐座です。」
白鳥と鷲とが嬉しそうに声を上げて、羽をバタバタさせました。狐の親子も
「僕たちの星座が有るよ!」
と言って走り回りました。すると山羊が
「私の星座はないの?」
と源ちゃんに尋ねました。
「あなたの星座は今見えないんです。」
「いつ見えるの?」
「確か冬になったら見えると思うんだけど。」健ちゃんは記憶を思いだしながら言いました。
「私の星座は?」
兎が尋ねました。健ちゃんは困って、しばらく考えてから答えました。
「君の星はないけれど、お月様の中に住んでいるじゃあないの。」
兎は安心して、跳ね回りました。すると、猿やリスや犬や猫まで、
「僕の星座はどこにあるの?」
と、わいわいがやがやと騒ぎだしたので、健ちゃんは困ってしまいました。だって猿座、
リス座、犬座、猫座などの星座はないのですから。
「静に、靜に!」
村長さんが大声を上げてみんなをしずめました。
「夜もだいぶ更けました。源太先生も明日の学校のこともあります。今日はこのへんで星
見会を終わりたいとおもいます。また来年の今時分、この星見会を開きたいとおもいます。
その時はぜひまたご参加ください。今日は誠にありがとうございました。」
と、村長さんが星見会を終わらせてくれたので、健ちゃんはホッと胸をなぜおろしました。
 動物達の拍手に送られて、来た時の狸に道案内されて、健ちゃんは家に帰りました。部
屋に入ると、すぐに布団に潜り込み、ぐっすりと朝まで寝込んでしまいました。
 朝になって机の上を見ますと、そこにはごく普通の柏の葉っぱが一枚あるだけで、そこ
にはなんの文字も書いてありませんでした。
 
表紙へ