蝶と蟻

 ある夏の暑い昼下がり、いろいろな花が咲き乱れる野原で、蝶が蟻に話しかけました。「蟻さん、なぜそんなに一生懸命働き続けるの。天気はいいし、花もたくさん咲いていて、食物もたくさんあるんだし、少し休んで歌を歌ったり踊りを踊ったりしたらどうお?。」「あら蝶さん、あなたこそそんなに遊んでばかりいていいのかしら。食物がある内にいっぱい食物を集めて貯めておかないと、いまに寒い冬がきた時に困ってしまうわよ。」

「その時はその時よ。でもこんないい天気の日に働いてばかりいたんじゃあ、何のために生きているのかわからないじゃあないの。私はね、今の時期は楽しく過ごして、働かなくちゃあならない時は一生懸命働く積もりよ。」

「私はいやだわ。今働ける時いっぱい働いて貯えを作り、冬になって仕事がなくなったらゆっくり休んで、歌を歌ったり踊りを踊ったりする積もりよ。」

「それは違うわ。今充実した時間を過ごせたら、これからやってくるつらい冬に立ち向かう元気も湧いてくるものよ。あなたは物ばかり求めて、心を失った生活をしているわよ。」「そんなことはないわ。生活が満たされたとき心も豊かになるんじゃあないの。」

「生活が満たされるといったら、限界がないと思うわよ。あなたは死ぬまで働き続けなければならないわ。体をこわしたらどうするの。働いた甲斐がないじゃあないの。」

「その時は仲間の蟻が助けてくれるはずよ。王様も王女様も優しい方だから、いつも私達を守って下さっているの。だから私達は精いっぱい働いて、王様にたくさん贈物をするんだわ。」

「それじゃあ何のために生きているのかわからないじゃあないの。」

「それが私達蟻の生き方なのよ。」

そう言って蟻は忙しそうに立ち去っていきました。

 何日かたったある日のことです。蝶は蟻が長い列をなして行進して行くのを見つけました。例の蟻もたいへん怖い顔をしてその列の中にいました。蝶が例の蟻に話しかけました。「蟻さん、そんなに恐ろしい顔をしてどこへ行くの?。」

「戦争よ。悪い敵をやっつけるために私も戦争に行くの。」

「戦争ですって。戦争なら兵隊蟻さんにまかせておけばいいのに。」

「絶対に勝つために私達も戦うの。王様の命令だから従わなければならないのよ。王様のため、子孫のため、私は戦場で戦うのよ。」と言って、蟻は行進していきました。

「あれだけ一生懸命働いて、ここで死んだら、何のために生まれ、何のために生きてきたのかわからないじゃあないの。蟻さん絶対に死んじゃあだめよ。」

蝶はつぶやきました。

 それからしばらくたちました。先ほどの蟻達が意気揚々として帰ってきました。たくさんの捕虜も連れていました。その後ろから傷ついた蟻達が仲間の蟻達に助けられて帰ってきました。例の蟻は瀬死の重傷です。蝶は近寄って言いました。

「だいじょうぶ?大ケガのようね。」

「ああ、蝶さん。名誉の負傷よ。」

と蟻は弱々しい声で答えました。蝶には返す言葉がありません。ただ涙を流して見送るだけでした。

「死んじゃあだめだよ、死んじゃあだめよ。蟻さん、これからがあなたにとっていい時期なんだから。」

蝶は心の中で叫びつづけました。

 やがて秋が来て、辛い冬が来ました。蟻達の姿はどこにもありません。どこにも花は咲いていません。蝶にとっては試練の季節です。おなかがすくのをじっとがまんして、南向きの風の当たらない日だまりで、冬が過ぎ去るのをじっと待っていました。

「きっと蟻さんは暖かい家の中でおいしいものを食べ、歌を歌ったり踊りを踊ったりしているわ。でも私、ちっともうらやましいとは思わない。だって、この寒い冬を乗り切れば、私は、あの明るい春の陽の下で、おいしい物を食べ歌って踊れるのだわ。だからこの寒さ、がまんしてみせるわよ。」

と蝶は自分に言い聞かせるのでした。

 春が来ました。野山にいろいろな草木の花が咲きだしました。地上では蟻達が忙しそうに動きまわっています。でも例の蟻はもう見当りません。あの戦争の際のケガで死んでしまったとのことでした。蝶は花から花へと飛びまわって、いっぱい密を集めました。歌も歌いました。踊りも踊りました。そしてお婿さんもみつけて、幸せに暮しました。

 

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