かくれんぼ     須藤 透留

 

 私の名前はサーシャ。盲導犬に成るために、訓練所から今のお父さんの家に、里子に出されています。お父さんもお母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんな私と仲良く遊んでくれます。私はワン(しっこ)、ツウ(うんこ)、シット(お座り)、ウェイト(待て)が上手になりました。今はまだケージの中で寝起きしている私ですが、すっかり家族の一員になって生活しています。

 皆さんは、犬が「わん、わん」と鳴くのを知っていますよね。私たち盲導犬も同じように「わん、わん」と鳴きますが、余程のことがない限り私たちは鳴くことがありません。今回のお話は、私たちがあまり鳴かないために起きたお話です。

 ある春の日曜日の朝、お兄ちゃんは私を庭に連れ出して、ワンをさせてくれました。その後、お兄ちゃんは私と芝生の上で遊んでくれました。春の光をいっぱいに浴びた芝生の庭で遊ぶのはとても楽しいことでした。お兄ちゃんと一緒にボールを追いかけて遊んでいた時、お兄ちゃんの友達がやってきました。お兄ちゃんを遊びの誘いに来たのでした。。そこでお兄ちゃんは私を居間に連れて帰り、ケイジに入れると、友達と一緒にどこかへ遊びに行ってしまいました。私はつまらなくて、ケイジの中で腹ばいになって、家族の誰かが遊び相手になってくれるのを待っていました。

 その内、何かの拍子にケイジのドアが開いてしまいました。お兄ちゃんがきちんと閉めて行かなかったのでした。私は人気のない居間の絨毯の上を、しばらくの間飛んだり跳ねたり、落ちているもので遊んだりしましたが、それも飽きてしまいました。廊下に通じるドアが開いていたので廊下に出てみました。お父さんの部屋のドアが開いていました。お父さんの部屋に入ってみました。お父さんの部屋は薄暗くて、とても落ちついた感じでしたから、私はお父さんのベッドの下でついつい寝込んでしまいました。

 お兄ちゃんが帰ってきました。居間に入ってケイジが空なのに気づきました。

「三保ちゃん、サーシャは?サーシャをどこかに連れて行った?」

「知らないわ。私、今日、まだサーシャと遊んでいないわよ。」

お姉ちゃんが部屋から出てきて言いました。「変だなあ、お父さんとお母さんは出かけているし、誰がつれだしたんんだろう?」

「ほら、リードもあるし、誰か連れだしたのではおかしいわ。兄ちゃん、ちゃんとケージのドアをしめたの?」

「僕はちゃんと閉めて出かけたんだ。逃げ出すはずはないよ。」

「それじゃあ、ひょっとしたら盗まれたのかも知れないわ。だけど私は何も物音をきかなかったけれど。」

「え?そういえば玄関のドアも開いていたし、ケイジのドアも開いていたよ。どうしよう、三保ちゃん。」

お兄ちゃんは顔色を変えて、心配そうに言いました。

「ともかく、あたりを捜してみましょうよ。近所の人にも聞いてみましょう。」

 二人は手分けして、近所のいろいろなところを捜してみました。しかしどうしてもサーシャはみつかりませんでした。お兄ちゃんは自転車に乗って、町の中を走ってみましたが、やはりサーシャは見つかりませんでした。二人は途方に暮れてしまいました。

「とにかく、お父さんに連絡を取りましょうよ。」

お姉ちゃんが言って、お父さんに電話をしました。電話の向こうで、お父さんもたいへんびっくりしていました。

「できるだけ早く帰るからそれまでもう一度良く捜しておきなさい。」

父さんに言われたので、二人はもう一度手分けして捜しに出かけようとした時でした。

「お父さんの部屋で何か音がするよ。」

お兄ちゃんが叫びました。二人はお父さんの部屋のドアを開けて中に入ってみました。お父さんの部屋のドアの前に、私はちょこんと座っていましたが、二人を見ると私は嬉しくなって、二人にぴょんぴょんと飛びつきました。

「サーシャ、どうしてこんな所にいたの。」お姉さんが叫びました。おにいちゃんが私をだっこしてくれたので、私はおにいちゃんのほっぺを嘗めてあげました。

 

 

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